岐阜市

岐阜城

標高約329mの金華山山頂にそびえ立つ岐阜城は、斎藤道三公・織田信長公の居城として有名です。永禄10年(1567年)に、道三公の孫・龍興を倒した信長公がこの城を手に入れ、この地一帯を平定しました。名前をそれまでの稲葉山城から岐阜城に改名し、天下統一の拠点としました。

長良川の鵜飼

長良川の鵜飼の歴史は古く、1300年以上前にまでさかのぼることができます。織田信長公が「鵜匠」という地位を与え、徳川家康も鮎鮨を好んで江戸城へ献上させるなど、時の権力者に保護されてきました。平成27年3月に、「長良川の鵜飼漁の技術」が国の重要無形民俗文化財に指定されました。


信長公居館跡

岐阜公園は織田信長公などの歴代城主の館があった場所と伝えられています。岐阜市では発掘調査を行っており、これまでの発掘調査では巨石列や石垣、建物の壁土や礎石のほか、庭園の跡も数ヶ所見つかっています。

円徳寺

織田家ゆかりのお寺で、永禄7年(1564年)に信長公から寄進された鐘や「楽市楽座」の制礼など貴重な文化財が寺宝として残されている。また、信秀が斎藤道三と戦った際の戦死者を葬ったという史跡「伝織田塚改葬地」があります。


崇福寺

信長公の菩提寺であるこのお寺には、多くの遺品が残され、本堂裏には信長・信忠が本能寺の変で討たれた際の遺品を埋めて位牌を安置させた父子廟が残され、本堂には岐阜城が落城した際の床板を天井に張った「血天井」もあります。

黄金の織田信長公像

岐阜市制120周年を記念して、市民の寄附によりJR岐阜駅北口前広場に、マントを羽織り、右手に種子島(鉄砲)、左手には西洋兜を持った「黄金の織田信長公像」が建立されました。台座までの高さは約8m、像の高さは約3mで金箔3層張りとなっています。